キルギス大統領顧問日記 田中哲二著 中公新書
この本は、
若い頃に海外に行ったり、今でも海外出張くらいはあるおじさんが、いきなり会社から「キルギスに行ってくれ」等と言われ、引きまくりながらも出発し、任期を終えて帰ってきたら、本一冊書けるまでになった。
という本であると思う。
このようなケースは、日本人が殆ど知らない国に赴任になった人の手によるものが多いが、キルギスは知られていない国の中でも、相撲で言うところの三役に余裕で入るような国である。私もおいそれと概要の説明など出来ない、首都ビシュケク以外の街は言われても全くピンと来ない、そんな国である。
そんな国に行った人、に限った話でなく、日本では馬鹿にしたような口調で笑われるような赴任先に行った人は、その国に対して異常な理解力を示し、愛着を感じ、全力を傾注するというパターンがある。そのような人は、出国前からそのような感情を抱いたいるどころか、大抵他の同僚や仲間のように、これから訪問する国をバカにするように笑ったりもするだろう。だかしかし、その国のことをちょっとは勉強して行こうとか、やはり「行くからには」という気持ちを持つパターンも多いだろう。このような人間は、かなりの確率で、筆者のように訪問国を気に入り、活発に活動するようになる。理由は様々だと思うが、その理由の一つがここに書いてるような気がする。
筆者はIMFの派遣員のような形でキルギスに入ったが、すぐにIMFが主導するやり方に違和感を感じている。IMFは中央銀行からの貨幣供給を抑えることにより、インフレを強制的に収束させると言う方策を採るよう命令した。これによってインフレは低減し、インフレ率は確かに安定的に推移するようにはなった。とは言うものの、貨幣供給を抑えているために市場に流通する貨幣の絶対量は少なく、これによってカネの流れが停滞してしまったため、国内の経済は全く活発化しない。つまり、直近の問題を処理したものの、後々の持続的な問題は全く処理できないと言う、片手落ちとしか思えない政策が採られていたようである。これに対し筆者は反対し、とにかくカネの流通も儘ならない状況下で市場を育成しようにも無理がある、まずは間接金融を担う商銀の育成が重要である、とか、公的金融機関を設立して、産業育成を促進すべきだ、と言う持論を展開する。これは自分が日本人だから日本が採ってきた政策を踏襲すべきと言ったのではなく、キルギスの現状を見据えた上での発言であった、と強調している。と、こんな感じでIMFとやりあう訳である。
筆者は、IMFのやり方がどう考えても画一的で、その地域の特性に合った政策になっていないと思っているように感じる。つまり筆者とIMFの差は、キルギスを分かっているかいないかの差であると思う。キルギスにおいて「中銀顧問」として働いていて、その地域の特性に触れながら仕事をしていたため、IMFの施策がイマイチ上手くいっていない、というのが目に付いたのだろう。それから、これはダメだからこうした方が合っている、などとやって行く内に、キルギスに深く入り込んでしまったような気がする。何しろ、筆者はIMFから「お前はIMFから派遣された人間だろうが」という感じで非難まがいのことまで言われているほど、キルギスに与する人間になっている。
こうしてみると、その国に対する愛着と言うのは、確かに人と気があうなどの事情などからも生まれてくるとは思うが、実際は仕事をやっているうちに抱くようになるものなのではないか?と思うようになった。仕事をしていくうちに現場の状況がよく分かってきて、それでいてとんちんかんなことを言ってくる親組織の命令に違和感を感じ、それじゃ現場は上手く回りませんと言ううちに、その地域の通になって行く。そんな派遣員に対し、現地の人間は頼もしさや信頼感を持つようになるだろう。これによって双方からのアプローチが密になり、結局その国における大きな理解者として認識されるようになり、本人もそのことを誇りに思うようになる、と思う。と言う訳で、その後は加速度的にその国に対して愛着を持つようになり、そのために奔走まで始めるという状況にまで発展するのでは無いか。
筆者は日銀の職員で、赴任はIMFからの派遣という形でキルギス入りをしている。とは言うもの、本の内容は特にキルギスの開発経済物語ではなく、言ってみれば前面に「自分がキルギスでやってきたこと」を書いた、紀行文のようなものである。これは筆者自身も強調しているところであり、確かに経済的な堅苦しい記述はそんなに無い。キルギスの地理や歴史、日本人との係わり合い、などに多くのページが割かれている。また、日本-キルギスの協力についても言及している。こうなると単なるキルギス好きな中年が一生懸命大好きなキルギスのことを書いているようにしか見えない。ただ、ここまでなったのも、先述のような事情があったからであり、その後に色々キルギスに対して知り、知ろうと言う姿勢になったのであるような気がする。それは自他共に認めていることであり、本書の冒頭にあるアカエフ大統領の「推薦のことば」からも伺えることである。
公的機関に勤めていた筆者と、民間企業に勤めている私とでは、立場も仕事も異なるわけであるが、「訳分からん国で、気が付いたら積極的に一生懸命やっている」という姿は、なんだか極めて共感できるものを感じる。訳分からん国で、ゼロの状態から立ち上げをする機会のある人でなければ分からないことなのかも知れないが、「異なる文化の中で働くに際して大切なこと」を学んだような気がする。