ハンネス、列車の旅 (原題: Zugvogel...einmal nach Inari) ペーター・リヒテフェルト監督 独


ユーロスペースにて、先述「楽園」の上映コーナーの隣で上映されているレイトショー。観客の少ない「楽園」と異なり、定員94名の劇場の8割程度が埋まっているという、ミニシアター物にしては人気作であった。私にとっては、"Knockin' on Heaven's Door"以来となるドイツ映画であるが、正直言ってみれば「楽園」の方が好きな映画である。ユーモアなどは、欧州映画の定番手法が用いられていた点が印象的ではあったが、水準以上かどうかは疑わしい。要するに、映画としての興味を引くことは、私にとってはあまりなかった。

というわけで、今回は映画としての感想はあまり述べない。その代わり、鉄キチとしての一考察を述べることにする。

私は鉄キチだ。鉄キチとは、鉄道大好き人間のことである。鉄キチには色々あるが、車両が好きな「カメラ小僧的鉄キチ」、時刻表が好きな「スケジュール重視鉄キチ」に大別できる。私の場合は後者で、はっきり言って時刻表だけで3食いける人間である。普通の人間からすると、このような人物は特異としか映らないらしいので、私は人前でこのようなことをあまり口にしない。

世界的に鉄キチが存在する国は、鉄道のやけに発達した国である。アジアでは日本以外にあまり鉄キチが存在する国はあまり無いが、鉄道の発達している欧州は、かなりの鉄キチがいる。その筆頭はどこかと言えば、どう考えてもそれはドイツである。私が大学1年次にドイツを旅行したとき、鈍行電車に分厚い「ドイツ国内時刻表」を抱えて乗り込んできた、少し暗そうな青年の姿は、今でもよく覚えている。ああ、俺と同類がいる、などと思ったものである。

この「ハンネス列車の旅」は、そんな鉄キチ大国ドイツにおいて製作された作品となる。内容としては、ドイツのドルトムントから、フィンランドのイナリという小さな街に向かい、そこで開催される「第一回国際時刻表大会」という、狂っているとしか思えない大会に参加する主人公の、鉄道旅と殺人事件と恋愛が交錯する強引なものである。殺人事件にしても恋愛にしても、私には一切の興味を惹かなかったものの(何しろ事件そのものがあまりスリリングではなく、ヒロインもあまり綺麗でない)、この「第一回国際時刻表大会」の競技内容そのものが、非常に酔狂なものであった。競技は単純で、言ってみれば「人間駅すぱあと」競争である。世界各国の鉄道で、主要都市から主要都市に行くまでの最短経路を言い当てたものの勝利と言う競技会である。そのために参加者達は、あの赤い「トマスクックヨーロッパ時刻表」と、青い「トマスクック国際時刻表」を座右の書として、その内容をほぼ暗記して競技に臨む。主人公のハンネスは、この大会のために「練習」を重ねる。トマスクックを見ながら、都市から都市の最短ルートを探しまくる。ペンで数字を追い、一々メモ帳にそれを書き記す。そして、大会に向けてドルトムントを出発して、イナリに向かうのである。

ここで第一の不満と言うか、少し癪に触ったところがあった。道中でのハンネスの行動である。確かにハンネスは、乗客からルートの相談をされたとき、即座に最短ルートを教えてあげる能力があるのだが、鉄キチならば時刻表を手放してはならない。とにかく、鉄道が正規のスケジュールどおりに運行されているか、今すれ違った列車はどこ発のどこ行きか、そろそろどこからから来た線路が左から近づいくる、などをチェックしなければならない。もっと言うと、車窓から見える山河が何かを、一々地図で確認もしなければならない。つまり鉄キチにとって、車内と言うのは結構忙しいのである。

例えば私の場合。新宿から新潟の村上に向かう夜行快速「ムーンライトえちご」に乗っているとき、「ああ、そろそろ清水トンネル(川端康成「雪国」の「国境の長いトンネルを越えると、そこは雪国だった」のトンネル)だ」とか、「ああ、そろそろ小出駅を通過する」とか考えていて、中々寝付けないで、完全に睡眠不足で坂町から米坂線に乗る、ということがあった。こんな姿勢は鉄キチたるもの大基本である。

それなのにハンネスときたら、社内で警察に追われたり、恋愛感情が盛り上がったりして、集中力散漫も甚だしい。ドイツの旅行者と言うのは、常に右手にlonely planet(オーストラリアで出版されている貧乏旅行ご用達英文ガイドブック)を手放さずに、それの一字一句を全て読んで、実際と合致しているかを確認しないと気が済まないというものである。ハンネスに独逸旅行者気質が欠落しているのは、甚だ不機嫌であった。

などと、文句ばかり言うのは良くない。まあとにかく、こんなに文句はたれていても、今年の夏休みは「JR北海道全線乗車」とか「JR東日本全線乗車」などとやってみようかな、などと思わせるほどではあった。ハンネスに、「鉄道旅行はこうやるものだ」と見せつけるように。

やはり、映画感想文にはならなかった。何しろ、私が生れて初めて発した言葉が「電車(でんちゃ)!」であったと親から聞いているので、映画の感想など出来る筈の無い、「ハンネス、列車の旅」でありました。

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