GO 金城一紀著 講談社文庫

韓流ブームである。因みに、私は韓流を「かんりゅう」と読んでいたが、先日後輩の結婚式で、やはり後輩の原田から「ハンリュウですよ」と指摘された。学生時代は3回の韓国旅行を経験し、地球の歩き方巻末の韓国語コーナーでハングル文字をマスターし、発音だけなら出来る程の「韓国通」だった筈の私は、「韓国」は「ハングク」と読むと知っているし、ハングクとハングル文字でも書けるし、「大韓民国」は「テハンミングク」と読むのを知っているし、これもハングル文字で書けるし、「カルビ」の「ル」はアルファベットで言うと"l"一文字で、日本人が発音するような"karubi"では無いと言うのもハングル文字からも発音からも分かっている。それなのに、「韓流」は「かんりゅう」と読んでいた。韓流の「流」は韓国語で「リュウ」と発音するのかどうかは知らないが。いずれにせよ、以前ほど韓国に興味が無いと言うのは確かで、我が家では両親ですら見ていた「冬のソナタ」は、一瞬たりとも見たことが無い。

そんな私の韓国に対する興味関心は置いといて、本書「GO」はそんな「韓流ブーム」が巻き起こるかなり前に出版された小説で、第123回直木賞を受賞している。作者は在日韓国人である金城一紀だ。

この作品は、在日韓国人だが日本の普通高校に通う「杉原」の、恋愛にまつわる話である。いわゆる恋愛小説にカテゴライズされる筈の本作品だが、この作品を単なる恋愛小説と考える人は、多分あまりいないと思う。杉原が恋に落ちるのは日本人の同い年の女子高生で、この女子高生は父親から「中国人や韓国人の血は汚いから、付き合ってはいけない」と小さい頃から言われて育ったような日本人だ。さらに、物語はこの恋愛とは殆ど関係ない杉原の友人関係や親子関係にもスポットが当たっており、とても「単なる恋愛小説」では片付けられない小説である。

私が印象に残ったところ:

杉原は中学校までは民族学校、いわゆる朝鮮学校に通っていたが、高校では日本の普通高校に進学する。契機は国籍が変わったことであるが、別に日本に帰化した訳ではなく、北朝鮮から韓国に国籍が変わった訳である。小さいときから朝鮮人と言うことで差別や罵声を受けてきたが、桁外れの腕力でねじ伏せてきたこともあり、表面上は日本人からの差別に対して力強く殆ど無視できている。杉原は極めて冷静に、日本人からの差別をかわしている。実際は殴り飛ばしている。

しかし、今までかわしてきたような差別が、杉原にとっての痛恨のダメージとして襲い掛かる。それは腕っ節で杉原に屈辱的な大敗を喫せしめる強大な日本男児によってもたらされる訳ではなく、心の根元から幹まで全てを折り曲げる力を持った恋愛を通じてやって来る。

杉原は、日本人の差別がただ単に無知と無教養と偏見によって成り立っていることを知っている。そんな冷静な理解をしているから、

「チョン公。懐かしい響きだ。物心ついた頃から、最低でも五十回以上は投げつけられてきた言葉だった。僕は最低でも五十発以上のパンチでそれに応えてきた。」

と言うものの、差別自体に案外冷静に対応しているように見える。しかしながら、それ故杉原は、この議論の「話しにならなさ加減」を知っているような気がする。

大方の日本人は、「韓国人は昔のこと(日帝占領時代)について、一体いつまであんなに敏感に怒りまくっていくつもりなんだろう」とか「過去も大事だが未来のために仲良くすれば良いのに」と呑気に思っているような気がする。日本人はこの件に関して教育らしい教育も受けず、ただひたすら「日本は昔悪いことをした」と言うことだけを言われているが、その内実は殆ど知らない。興味も薄い。さらには、「訳も分からず怒りまくる韓国人なんて大嫌いだ」とかなって、結局溝が深まることこの上無い。一方、民族学校で教育を受けた大方の在日の人々はこの逆で、この件の教育はある意味偏っているのかも知れないが、こっぴどく教育されていて、最重要関心事の一つである。これでは全く話にならないのは当然である。

杉原は、この埒の明かなさ・話にならなさを知っているだけに、この恋愛で出てきた「彼女の偏見」がどうしようも無いことを知ってしまっている。杉原にとって、この出来事は正に希望の無い、絶望以外の何物でもない。この小説のかなりの部分は、杉原の差別に対するバランス感覚と、韓国や北朝鮮に対する痛烈な批判も入っていて、何だかテレビでいつも怒っている韓国人よりも、日本人にとって好意的に見える在日青年だな、だなんてそれこそ呑気に楽しめるが、彼女の「杉原が在日韓国人である事実」を知ったシーンでは、日本人読者もこの問題の深刻さが呑気な自分を突き破って迫ってくるのを感じるだろう。何しろ、もうどうやっても防御の取り様の無い、恋愛を通じて表れてしまっているのである。直接心に響いてしまう。

この本を読んで思ったことは何故か、自分はもっと日本のことを知らないとダメなんじゃないだろうか、だった。

作品自体は非常に面白く、読み終わってすぐにレンタルビデオ屋でDVDを借りて、その日の深夜に見た。見終わった翌日は、2回目を読んだ。1度目と2度目を読んで、印象が同じだった作品は珍しい。まあ、1回目と2回目の間が空いて無いからだろうか?

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