黙ってはいられない、コンクリ劣化の実態 その1:現状解説篇


NHKの「コンクリート高齢化社会への警告」を見た。いや、見るつもりは無かったのだが、夕飯を食っているときにテレビ画面がNHKで、ちょうど番組が始まってさ、全部見てしまったのだよ。本当は飯食ったら昨日買った「SF」を見ようと思ったんだが、見るのは延期。コンクリ劣化についてここに書くことにした。構成としては、本日放映されたものに補足を加えながら、ここまでコンクリート構造物が劣化してしまったのかを追っていきたいと思う。ただ、長くなるので1篇では終わらない。

まず最初に、コンクリがここまでヤバくなった原因を述べる。それは以下の2点。

  1. 手抜き工事
  2. No維持管理

以上2点に集約されると思う。つまり、「ちょっと手抜きしてもコンクリは大丈夫だろう」というのと「放っておいてもコンクリは大丈夫だろう」という、コンクリート構造物に対する過度の信頼が、最近の劣化の原因であると私は考える。本日のNHK特集も、この二点に対して番組が進行していったが、これは専門家の意見によって構成されたものであろう。それでは、何故この2点がそれほど深刻なのか。具体的な例を挙げて解説をしていこう。

まず1.の「手抜き工事」である。ここで問題となるのは、工事を急ごうとする姿勢である。近年問題になっている構造物は、どれも高度成長期に爆発的に建てられた。この時期、とにかく構造物を多く早く作ることが要求された。これによって、最も影響を受けたのは、他でもなくコンクリートである。コンクリートは鉄筋や鉄骨などと違って、現場の判断がかなり反映される建設材料である。何故ならば、鉄骨は出来てきたものだけを組む訳であるが、コンクリは現場で型枠に流し込むという作業をするからである。つまり、形から作らなければならないのだ。コンクリートを型枠に流し込むとき、生コン車(でかいローリーがグルグル回っている車ね)から出したコンクリートを、ポンプを使って型枠に流し込むのだが、大抵中で詰るのですよ。従って、一々詰ったのを直すのは面倒だと言うわけで、詰らないように細工をするのです。どうするか。水を混ぜる、それによって流動性が増す、よって詰らない、作業効率上昇、早くできた、万歳、以上。となる訳である。しかし、水を過度に混ぜるのは、ご法度である。NHK特集では「強度が低下する」という指摘のみをしていたが、実は弊害はそれだけではない。耐久性にも、かなりのインパクトを与えてしまう。というわけで、ここでNHK特集の補足を行う。

まず、強度が低下するということについて。本日のNHK特集では、単に「水を多く混ぜると強度が低下してしまう」としか言っていなかった。つまり理由を言っていなかったのだ。だが、ここには非常に簡単で、分かりやすい理由がある。コンクリートに水を混ぜるのは、セメントと水が化学反応を起こして硬化するという機構があるからである。つまり、コンクリートを作るとき、水は不可欠である。だが、多すぎると、セメントと未反応の水が余ってしまう。その余った水は、硬化しつつあるコンクリート内に閉じ込められるが、時間が経つと「蒸発」することで大気中に放出される。蒸発した後、何が残るだろうか。簡単である。コンクリート中に空隙が残るのである。空隙には空気しかない。この空隙、重さを耐えるのには何の働きもしない。たとえば空隙の多い軽石と、非常に密実な石の強度を考えて欲しい。明らかに軽石の方が簡単に潰れてしまう。それ以外でも、中が詰った袋と、中がすかすかの袋では、潰すのはどちらが簡単か?

これは1918年に米国の学者Abramsによって提唱されたもので、コンクリートを扱っている人間なら常識といえるものである。これで、水を多く入れてしまうことで、強度が低下する理屈が分かったと思う。しかし、水を混ぜすぎると、さらにロクでもないことが起きる。もう一つは、少し前にコンクリ関係者以外にも市民権を得てしまったマニアック単語「コールドジョイント」の原因になりやすいのである。

コールドジョイントを知っている人は、最近は増えたと思う。原因は「材料分離」という現象である。ドレッシングは普段2層に分かれているが、あれは物質の比重が違うからである。これがコンクリートでも起こる。コンクリートは砂利(石っころ)、砂、セメント、水から出来ているが、どれも比重は異なる。この中で最も軽いのは、他でもなく水であり、当然軽いものは上に行き、重い砂利は下に沈む。よって、コンクリートは放置しておくと、上部に上澄みのように水が出てくる。コンクリートが固まるのを待っている間、この水は真っ先に蒸発し、残り滓が上部に残る。これをレイタンスという。このレイタンスの上に、さらにコンクリートを流し込むと、そのレイタンス層の付着が弱いことから、コンクリートが落ちてしまったりする。例えばタンスの上に埃があって、ここにセロテープを貼るとすぐに剥がれてしまう、あれですね。セロテープが剥がれないようにするにはどうするか。そりゃ埃を雑巾かなんかで拭いて取るでしょ。つまり、コンクリートをさらに流し込む際には、埃を落とすようにレイタンスを削り落とさなければならない。だが、この「削る」作業を怠ったのが、現在のコールドジョイント騒ぎである。てなわけで、手抜きの産物です。これ以外にも、コールドジョイントの被害はある。神戸の地震で柱が折れた映像を見た人も多いと思うが、よく見るとこの「レイタンス層」からポッキリ折れているケースが多い。多すぎる。本来なら予防できたかもしれない被害もあっただろう。つまり、コールドジョイントは、天井からコンクリが落ちてくるのみならず、強度低下も引き起こすものである。

で、もう一つ、水を混ぜすぎると起こる悪いこと。まだあるんです。それは耐久性に関わる問題。空隙が多いことが原因である奴です。

ちょっとマニアックになるが、鉄筋コンクリートでは中の鉄筋は非常に重要である。コンクリートは圧縮には強いものの、引張りには簡単に破壊する。したがって、引っ張られる部分は、引張に強い材料で補強してやらなければならない。それが鉄筋である。つまりこの鉄筋が駄目になったら、鉄筋コンクリートも駄目になる。では鉄筋が駄目になるのはどんな場合か。それは中の鉄筋が腐食する場合である。ここでコンクリから離れて、鉄の腐食機構を考えなければならない。鉄(というより金属全般)が腐食するには、水と酸素が到達して、鉄表面で電気化学的な反応が進行しなければならない。つまり、鉄に水と酸素が到達しなければ、鉄はまず腐食しないと考えて差し支えない。だが、コンクリが空隙だらけだとどうだろうか。大気中の水分や酸素は、容易に鉄筋に到達してしまう。つまり、鉄が腐食する環境を整えてしまうのだ。

腐食に関しては、際限なく書けるのだが、マニアックになりすぎるのでこの辺で止める。ただ、コンクリートの練り混ぜ水を多く加えすぎると、これほどのインパクトを持ってしまうのである。

では水を多く加えること、これだけが手抜き工事の実態か。そうではない。もう一つは水に関するものではなく、砂に関するものである。

高度成長期、特に西日本地方は良質な砂の不足に悩まされた。そこで利用したのが海砂(うみずな)である。しかし、海砂は当然のことながら、多くの塩分を含んでいる。塩分を含んでいると何が起こるか。中の鉄筋が錆びやがる。これが尋常なスピードではない速度で劣化する。東海道新幹線より後に建設された山陽新幹線が、現在非常にお寒い状況になっているのは、この海砂の利用が大きな原因の一つである。メディアではトンネル内のコールドジョイントが大きな原因とされているが、実は山陽新幹線の橋梁も、これによって相当劣化している。鉄筋が腐食するとどう劣化するのかと言うと、まず腐食すると鉄筋は膨張するようになる。すると、周りのコンクリートを押し出すように広がる。で、コンクリートにひびが入って、コンクリートが落下する。落下すると、危ないっつーだけでなく、元々そこにあったコンクリートが消えるんだから、その分強度が低下する。しかも、鉄筋も外見は太っていくが、錆なんて力を全く受け持たない。つまり、力を受け持つ「鉄」の部分は、どんどん痩せ細っていく。コンクリは落ちて力を受け持たないわ、鉄は痩せ細って力を受け持たないわで、鉄筋の腐食は相乗効果でコンクリート構造物の強度を低下させていく。

日本で鉄筋の腐食によって橋が落ちただとかの被害は報告されていない。だが、米国ではこれで毎年100橋くらいがコンスタントに落ちているのである。これは本日のNHKでは言われなかったが、米国は日本以上にヤバイ状況で、それ故に維持管理には徹底した態度で取り組んでいると言う背景がある。このような状況について、本日のNHKは全く触れておらず、なんだか米国賛辞に徹していたのが気になる。勉強不足も甚だしいのではないか。まあいいや。

それ以外、本来ならごみ処理をしなければならない筈の角材を、固まる前のコンクリ柱に投げ込んで処理したりと、話にならんような手抜きもあったらしいが、そこまで行くと本当に際限がないので、この辺で手抜き工事のことはやめておく。

次に2.のNo維持管理。これは言ってみれば、コンクリートがこんなに簡単に駄目になるなんて思いもよらなかったという「経験のなさ」が生んだ姿勢であると考えられる。実際、コンクリート構造物がこんな勢いで駄目になるのは、日本は初経験であると思う。しかし、コンクリート構造物は、すでに1世紀くらいの歴史を持っている。100年位前に出来た構造物は今どうなっているのか。実は、これらの構造物はいまだに健全である。つまり、特に維持管理しなくても、全然健全に活躍してきたのである。従って、「コンクリ構造物は、作ったら何もしなくていいや」風潮が、土木界に広まっていたのが、このNo維持管理の基本姿勢である。

しかし、この急速な劣化はこのような姿勢をした人間を慌てさせている。そもそも、高品質な材料に恵まれ、またコンクリート構造物を作る余裕があった、「旧き良き時代」の鉄筋コンクリート構造物と、「息切らして慌てて作った低品質」な鉄筋コンクリート構造物を同一視することが間違えていたのだ。かつてはセメントが今より高価で、それゆえ出来るだけ労力を厭わずに、丁寧に建設をされたものが多い。ただ、いい加減に作られた30代の構造物は、丁寧に作られた100歳の構造物と比較すると、今まで長々と述べてきた「欠点」によって、疲れているどころか今にも命が絶えるような状況である。

No維持管理の原因はもっとあると思うが、もう眠いのでこの辺で「その1」は止めにする。続きはまた今度。